大人の貧困は自身で選ぶもの、そして貧困はなくならない、何故ならば自由主義だからだ

【社会・人生考察】 日本の子どもは三十六年連続で減少。総務省が四日に推計し、十四歳以下の人口(外国人を含む)は昨年より十七万人減り、千五百七十一万人となった。人口割合は十二.四㌫。内閣府によれば、子どもの相対的貧困は上昇傾向が続き、十六.三㌫(平成二十七年度版)。大人が一人の場合は相対的貧困率が五十四.六㌫(同)まで上がった。


日本から貧困がなくなる事はない。そして今後、減る事もない。何故ならば、日本は過剰な自由主義だからだ。貧困になるにはタイミングがある。以前から貧困の者、貧困に陥った者、将来に貧困へ陥る者。彼らを救済する方法は、唯一、強制しかない。結果としての貧困になるには、原因がある。その原因を取り除き、競争社会で勝てるスキル等を養わなければならない。大方の貧困者には、自身でそれができない。


だから貧困から抜け出す為には、義務教育の様に、強制的に高度に社会適応できる人材再生が必要となる。これは強制でしか実現しない。誰が貧困者を強制するのか。行政は成人した大人を強制する事はできない(国家運営を除く)。民間も強制できない。例え契約書に盛り込もうとも、民法九十条の公序良俗違反により無効となる。なので昭和期以前は家族が、強制をしていた。平成は自由主義だ。個人の自由が尊重される。強制は許されない。




<無責任な発言と行動を慎め>

 だが、その自由は行き過ぎている。自由と責任は背中合っており、自由が百ならば責任も百だ。今は責任を負わずに自由を主張する者が多い。そして、その自由は感情的になっている。それは自由意志とは程遠く、単なる反応である。社会は各個人の意見を尊重している様に見せて、無関心を選択していないか。貧困者が自由意思をかざす限り、その貧困者は永劫に末三代まで貧困であり続ける(統計的に)。子どもの貧困は、大方が大人の責任であろう。だから子どもの虐待も、なかなか止める事ができない。


総務省のデータでは、分かり易く片親の子どもが半数以上、貧困となっている。パートナはどうしたのだろうか。死亡したのか。その事実もあるだろう。しかし大方が金銭及び性格的不一致による離婚である。結果、貧困が増す。その大人の自由意思で、家庭が貧困に陥った。正に自身と子どもで責任を負っている。


本来、子どもに責任はないが、その大人の自由意思のお陰で責任を一生負うはめになる。それが家族(一蓮托生)というものだ。大人の各個人の自由意思で被害を被るのは、子どもである。逃げれない。しかし、東京を始め教育の無償化が始まっている為、貧困の子どもにもチャンスはある。高校生でアルバイトをし、お金を貯めて、大学ないし書物に投資する。借金は背負っても、大学で学びの投資を怠ってはならない。今の社会は大人でも追いつけないスピードで変革している。つまり、追いつけない大人がいる以上、チャンスでもある。



貧困はその人の責任が本当

 遊び呆けるのも自由。人生設計をしないのも自由。至極、学び倒し働くのも自由。普通の人は至極、学び働くを選ばない。結果的に自由意思による選択で貧困に陥る。ここからは冒頭の以前から貧困の者、貧困に陥った者、将来に貧困に陥る者に戻る。


貧困は彼らの責任ではない、という大人がいる。ならば誰の責任なのであろうか。貧困になった者は誰に責任追及をしたら良いのだろうか。行政は最低限の施策を打っている。強制はできない。そういう事を言う者は、彼等に責任を持っているのであろうか。責任所在を曖昧にすれば、対策を講ずる事ができなくなる。ハイムは断言する、大人の貧困は自身が選択するもの。故に貧困は自身の責任だ。


大きく括って、国や地方自治体が貧困対策(生活保護や教育補助等)にいくら使っているか。シニアが増加し社会保障の増加も止まらず、未来の生産者の子どもも減っていく中で日本の財政は大赤字。費用対効果の問題から、これ以上、貧困対策を行ってはならない。彼等は甘えたから貧困に陥った事実を省みずに、また甘え、行政等に文句を言うだろう。




<大非正規時代>

 貧困から脱する方法、貧困にならない方法は、常に危機意識をもって、十年後以上を予測・計画し、足元をしっかりと見ながら綱渡りをしなければならない。ゆとり世代をはじめ、ゲームにうつつを抜かす働き手は、学びの時間を毎日、失っている。貧困はやる気の問題ではない。自由意思という名の我がままに過ぎず、怠っているだけだ。社会的に金銭的に努力が足りない。


貧困対策よりもゆとり世代の中でも、志高い者、動いている者、やる気に満ち溢れている者へ投資をすべきだ。これは警告である。AI汎用化により既存の働き方が根底から覆される。その時に、ゆとり世代が大きく貧困層に没落するであろう。その没落数は国民経済計算に多大な影響を及ぼす、と思われる。そして彼等は堕ちた穴から這い上がる事すらしないだろう。



金がないなら気合いと根性しかないのでは

 AI時代に必要なものは、ヒト・モノ・カネではなく、情報と根気だ。根気だけは幼少期から育むもの。大人になってからなら、誰かに強制的に鍛えてもらわなければならない。今の社会が重んじる、未来より今の個人の意見の尊重で、強制する者はいなくなった。行政も、会社も、親兄弟も。だから全ては自身の全責任という、大変に酷な時代だ。


一体、誰が気合い・根性論は古いと言ったのだろうか。貧困とその手前は、気合いと根性で勉強しながら働くしかない。金がないのだから、それしかない。また責任を持てない大人達が、本当と異なる事を広めたのだろう。


貧困者を実質的に救う方法は何もない。何故なら、社会が自由主義だからだ。


記事:金剛正臣


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