教育での『受忍限度』が低すぎるから社会で上手くいかない

【人生コラム】 社会は複雑・高度化し、人生百年時代の下で七十五歳まで働き続ける準備が必要だ。AIやロボットの汎用化は間もなく訪れ、社会のあらゆる場面でAIやロボットが社会の構成要素となる。


現代の子ども向け(大学院まで)の教育、大人向け(リカレント)の教育は時代に則しているだろうか。教師が生徒を叩くことが普通であった時代がある。現代は叩くどころか、注意でさえも大人からの強要となりかねない。温室育ちを是としている風潮だ。最たるものが「ゆとり世代」だろう。では非ゆとり世代に問おう。彼らは七十五歳まで社会で働き続けることができるだろうか。


答えは、その時になってみないと分からない。だが推察はできる。持続可能性ではなく、人生を持続させるためには忍耐を強いられる。ゆとり世代だけでないが、忍耐力がない者に物事を持続させることはできない。日々の仕事の矛盾を耐える心持ち、貯金をすること、健康管理など。この忍耐力をどう培うかが、教育の要である。それは集中力とも関与するからだ。



<無理難題が燃料>

 人生の忍耐力の土台は、幼少期から中高生の間で培われる。忍耐力を培うためには、『受忍限度』を引き上げる。ここでの『受忍限度』の意味は司法上の意味ではなく、教育上の意味だ。子どもであれば、どれだけ耐え忍ぶことができるか。『受忍限度』を引き上げる燃料は、無理難題だ。無理でもない、難題でもないものを処理しても『受忍限度』は引き上がらない。それどころか、できそうなもののみを選択するクセがつく。


無理難題という下手すれば正解のないものに対し、逃げずに考え対処する。社会人は分かっている。唯一の正解なぞ、普通はない。必要なのは正解が分からない事柄に対して、乗り越えていく力だ。大人であれば、ダイエットの食事制限に同じ、自身の『受忍限度』の管理を行う。自身が何に耐えられないのか、なんで耐えられないのか、耐えなかったら長い人生に影響を与えてしまうのか。「アンガーコントロール」も、『受忍限度』の管理の範疇となる。怒りを管理するのは、基本中の基本である。


そして嫌々では生産性は上がらない。酷くなれば、仕事を放棄する羽目になる。好き嫌いで仕事をしてはいけない。これは順序の問題だ。最初に好き嫌いで判断すれば、それは時と場合で異なり、不安定な結果をつくる。但し、リスク管理等を経て、与えられたタスクを好きになろうとする事は重要である。嫌々とは異なり、好いた仕事は生産性が上がる。その領域に至るには、タスクの繰り返し処理が重要だ。慣れるまで忍耐である。その後に好きが浮かび上がる。



教育の要

 「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び。」と、昭和天皇は敗戦し都市機能が崩壊している絶望的な日本において、どう生きるかを玉音放送でお伝えになられた。意味するところは、耐え忍ぶことが大変に困難なことも耐え抜いて日本を復興する(生活を戻す)、となる。結果、戦前よりも優れた都市が日本中に生まれた。七十年前の受忍限度は、現代とは異なる。当時の日本人の受忍限度がとてつもなく大きかったからこそ、現代がある。


受忍限度を引上げ、忍耐力を向上させる。子どもへも大人へも、これが教育の要である。


現代の教育風潮では、AI・ロボット・グローバル化が進んでいる時代を何十年も人生を持続できるとは言い難い。その教育風潮は、ゆとり世代の彼らのように社会に出て困る、という結果を生み出す。


記事:金剛正臣

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