意識が高い程度ではなく志を高く、超実力主義の日本

【人生論説】 意識が高いか低いか。人生の大半を占める仕事に対して、意識が低い者が安定することは無い。仕事をする上で意識を高めることは、安泰の基礎となる。周りは低くとも良い。まず自身が三百六十五日間、意識を高い状態で維持し続けることができるか。それは成功にも繋がる。


意識を高い状態で維持する。そのための原動力は、志。自身の人生は、どこに向って生きていくかを決めること。志し無い者は毎日を惰性で生きている。死ぬ頃、自身が何者にもなれなかったことに気が付く。


次の日曜日は総選挙。主権者の内、有権者が投票して日本の舵取りを決める。千二百人近くが立候補して半分以上が落選する。無職になる者もいるだろう。この選挙で決めるべきは、安倍政権の続投を望むか否か。そのために主権者は考え、人というよりも政党を選ぶ。一番に多く選ばれた政党の中から総理大臣が誕生する。


立候補した者達は、この国の政治に対して意識が高いことは論じるまでもない。但し、志があるかは別だ。司法・立法・行政。それぞれの三権の長は志が高い程度ではなれない。総選挙後の衆参合わせた七百人近くの国会議員の中で、何人が参議院議長、衆議院議長と内閣総理大臣を狙っているのだろう。狙ってない者からすれば、狙っている者のエネルギやオーラは凄まじくみえるだろう。それは司法試験に合格し、最高裁判所の長官を狙う者も同じだ。


日本という国を回している行政は、国家公安委員会を入れて一府十二省。ここの主役は官僚である。最上位の事務次官と局長と呼ばれる高級官僚の役職を狙っている官僚は、どの程度いるだろうか。当然にキャリアなので、国家公務員総合職(旧一種)に合格してなければならない。この試験は、司法試験に並ぶ日本で一番難しい試験だ。官僚といえば東大。東大に入るために幼少期から、どれだけ勉強に時間を費やしただろうか。


ビジネスに目を向ける。上場企業は三千五百社近く。中小零細を合わせると四百万社近くある。重複を考えなければ、ざっとで四百万人の代表取締役がいる。上場企業の割合は、実に〇.一㌫未満だ。その三千五百人の代表取締役は、どれだけ意識、志が高いだろうか。


さて意識が低く志の無い者は三権の長や高級官僚、上場企業の代表取締役になれるのだろうか。

日常において意識が低い者は論外である。その者は、この超実力主義の日本では何も達成ができない。そのシステムを法治国家、資本主義という。何かをなそうとする者にチャンスを与えている、という意味だ。意識が低い者は、何かをなそうとする心がないので、その意味で「何も達成ができないシステム」という意味。この国は挑戦者に非常に開かれている。今、選挙戦を頑張っている立候補者達は憲法および法律の手続きに則って当選の暁には、実質年収が数千万円の衆議院議員になれる。


人生の安泰は自身でつくるもの。

今回に挙げた彼らの努力を基準にする。彼らはその地位にを得た以上、努力をした。その基準からみれば、自身が安泰となるために努力してない事実に気が付くだろう。ここを見誤っていると、不平不満が毎日出てくる。不平不満が金・財を生んだところを誰か知っているだろうか。思っている以上に人は、かなりの努力ができる。

(了)

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