ゆとり世代を馬鹿にしている場合ではない、「情熱」こそが活路

【人生考察】 本稿は一つの仮説である。その仮説は「情熱が人生を明確に分ける」というもの。


アプリ・ロボット・AI等の台頭を第四革命と呼んでいる。仕事や生活が、より効率的に、より効果的になる社会だ。その社会ではAIが横軸の基準となる。その人はAIより上位か、下位か。仕事が人生に与える影響は大きいので仕事で考える。AIを使いこなす者ないしAI等では造れない物を創造できる者がAIより上位。AIに指示された職務をこなす者がAIより下位。


分かり易いのがゆとり(凝縮)世代だ。彼等の多くは仕事に対して効率性を求める。就業時間外の上司等の付き合いは遠慮しがちだ。云わば「冷めた心」を仕事に対して抱いている。ただ、彼等の効率性はアプリ・ロボット・AIが代替できる。先の大手銀行の人員削減のように。全ての人材は、もう育てない。


「冷めた心」は凝縮世代だけではない。氷河期世代や団塊ジュニア世代の中にも「冷めた心」で仕事をこなしている者がいる。彼等の仕事も同じくアプリ・ロボット・AIに代替が可能だ。否、効率的にAI等が優位なので、人を雇うよりはAI等を導入した方がコストパフォーマンスが良い。冷静な経営者ないし株主ならAI等の導入を進める。


事実、アプリは無数にあり、販売や営業の仕事は既に代替している。製造業では既にロボットの仕事を人が補完している。サービス業のアマゾンでも、流通センタの仕事はAI等の指示通りに人が動く。ミスが多ければコンピュータがカウントし、仕事への評価が下がる。無機質だ。そこに情は一切無い。AI等が仕事を監視する。



<社会はAIを基準に人を上か下かに分ける>

 他方、「冷めた心」に相反する「熱する心(情熱)」は異なる。著名な絵画をAI等が完璧にコピーしても贋作に変わりはない。音楽もヒットナンバをAIは造れるだろうが、YOSIKIが云う「本当に心に響くもの(アーカイヴスされるもの)」は創れない。料理も同じである。やはり匠や赤提灯のお父さんが作った料理にはロボット達は敵わない。料理は愛情。


完成されたロボットの二.五次元の舞台は感動するだろうか。ある程度、感動するだろう。だが人を超えるアンドロイドの出現には何十年もかかる為、それまでは人の演劇がAI等に勝る。お笑いも同じ。優れたAIを積んだロボットの漫才やコントで大爆笑となるだろうか。だから芸能界は大丈夫だ。公務員や地方議会議員の一部ないし全部は未来、AI等に代替される。


芸術の世界は簡単にAI等に負けない。何故か。情熱が作品を創る要素だからだ。情熱無しでワンピースやおジャ魔女等は生まれただろうか。漫画界は至ってブラックである。「冷めた心」の持ち主なら三日で連絡が取れなくなるだろう。そこを作者達は乗り越え、胸に刺さる、記憶に残る、読んだ人やアニメを見た人の人生の一片を飾る作品を世に出した。同じくブラック的な出版社の役割も甚大だ。アニメも映画も多数の情熱で構成される。



数値化される情熱の未来

 情熱こそが唯一のAI等への対抗策である。無論、仕事に対する情熱である。「熱する心」で今日の仕事に取組んでいるか。それをウザいと思う顧客に対してはヒートダウンし、限りなくロボットのように接客できるか。情熱の管理も重要だ。そして何より上(取締役会・株主総会)が情熱を欲しているか。それともロボットのような「冷めた心」の使用人を望んでいるのか。


全ては上が決める。AI等の導入。熱の高低。未来の大企業にAI等の導入は必須だ。AIより下位の者は歯車と化し、いつでも代替可能な部品となる。事実、現在でも似たようなものだが、それを人が判断するのでなく効率的且つ効果的に人を代替する。反論の余地は無い。


AIより上に選ばれた者は、情熱による成果物をAI等が判断し、数値化して財産性を有し始める。その市場価値は幾多も重ねる事でプレミア・ブランドとなり、高所得者・富裕層が恒常的に欲する商材と成り得る。即興を得意としたモーツァルトのように。何故なら現在のAIは富裕層向けの深層学習に不得手だ。非富裕層と比べて有意な統計値があまりにも少ない。各富裕層は超個性だからだ。併せて、大手グローバル企業も未来に情熱を欲す。情熱の財産価値が高い方が競争戦略上で有意だからだ。既にGoogleは、そうなっている。情熱は数値化、即ち財務諸表に計上できる(現在は無体財産権の価値が精一杯)。


第四革命により、AI等が中小企業や一般家庭に普及する日は間近。スマホのように爆発的に拡がる年は不明だが、間違いなく爆発的に簡易ロボットと簡易AIはアプリのように拡がる。その年から情熱(熱する心)の年代となるだろう。仕事に熱せば所得の可能性は拡がり、冷めれば年収百万円前後で推移して生涯を終えることになる。


本稿は一つの仮説である。その仮説は「情熱が人生を明確に分ける」というもの。これは未来に検証できる。


記事:金剛正臣

0コメント

  • 1000 / 1000