過去から未来の全てを予測した気になり、悲観する愚かさ

【人生コラム】 未来は未知である。未来は過去と現在と繋がっているが、過去と現在の中に未来は無い。


明日のスケジュールは分かっても、明日が良い一日かどうかまでは今日に分からない。


しかし人は明日ができるだけ良い日になるように努力する。ただ知能指数が上がったせいなのか、過去から未来を占う人がいる。「今までこうだったから」「明日もきっとそうだ」と未来が確定しているものとしている人がいる。



<自身の未来は今、分からない>

 原則、未来は未知である。過去は既知だ。例外として未来がある程度で既知な場合もある。スケジュールがそうだ。そのスケジュールも変更や予定していた内容と異なることもある。未来を見ない、考えないようにすることは無知となる。


いくらビックデータで統計の確からしさが増しても、未来は確定的ではない。何故ならば、未来を良くするには意志が必要だからだ。この意志はデータに載りづらい。過去のデータで自身の過ちパターンを分析し、未来に回避することは可能だ。慢性的なリスクを回避する。そのことで余白ができる。この余白を如何に使うかは意志。


スケジュールの組み立て方が悪いのであれば、改善する。そうすれば一日の中に余白が生まれる。この余白の使い方を過去のデータから成功しやすいものを参照することも可能だが、全く新たな挑戦をすることもできるはずだ。ここが統計には無い情報だ。



彼らと生きるか、それとも

 前提として人は有機体であるので、年月が経過すれば劣化ないし老化する。現状維持は錯覚で中長期で俯瞰した際に曲線は右肩下がりになる。右肩上がりにする方法は、劣化・老化に抗い、且つ上昇させる施策を打つこと。現状維持ひとつも劣化・老化に抗い続けなければ並行とはならない。つまり、「何もしない」「今まで通り」は劣化・老化。「今まで通り」をしないことが現状維持で上昇だ。


自身の未来は未知だ。過去の自身が人生の全てではない。逆を言えば、過去の自身に未来の自身はいない。同じ職業でも経年劣化でパフォーマンスは下がり、同僚や社会状況も変わっている。未来は過去には無い。だから人は意志をもって未来を構築する。過去にできなかったこと、現状を打破したいこと、こうありたいという自身に向って、現在と近い未来に手を打つ。


失敗をすれば軌道修正し、新たな改善に挑む。周囲には自暴自棄、悲劇のヒロインが多い。彼らは好んで、その環境にいる。その環境を出っするのは他の誰でもない自身であり、蜘蛛の糸が下がってくることを求めてはならない。エリートは彼らに翻弄されてはならない。彼らは自由意思で、その環境にいる。ならば自身も自由意思をもって高みを目指すのみ。その割合は十人に一人もいないだろう。


記事:金剛正臣

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