日本における「不労所得」の創りかた

【人生考察】 所得(収入)には、二種類がある。自身が働く「労働所得」とお金がはたらく「不労所得」だ。富裕層は「不労所得」で豊かになっている。高所得者は自身の収入に自信をもち過ぎて、「不労所得」の準備を怠ることがある。高所得者には「労働所得」だけでも可能であるが、富裕層には「労働所得」だけでは成りにくい。そして高所得者に成らずとも、富裕層に成ることはできる。何故、カネに困るのか。それは「不労所得」がないからに他ならない。



「不労所得」を料理に例えよう。

 料理には素材と料理人が必要だ。良い素材と良い料理人がいれば、たいてい良い料理ができる。その料理(成果物)の善し悪しで提供する際の料金が変わる。料理の善し悪しで「不労所得」の額が変わる。


素材は何だろうか。それは自身だ。自身のビジネスシーズ(種)やアイデア(発想)を、巧く料理してくれるヒト(ビジネスマン等)が要る。日本においては、特に人脈がものを謂う。信用だ。自身の信用で、料理人の質が決まる。信用がない者は、その名においてビジネスを誰もしてくれない。雇われていても経営者でも信用がない者には、何の話しも来ないし、自身の話しを信じてもらえない。




信用はどうやって創るか。

 逃げないことだ。「労働所得」と異なり、「不労所得」は初め、ちょろちょろ程度のカネしか入ってこない。百万円を投資して、年三㌫のバックで三万円だ。銀行の金利に比べれば、三㌫は至極、良い。「不労所得」を創れない者は、このちょろちょろを馬鹿にし、せっせと「労働所得」に励む。天敵は健康。身体を壊して「労働所得」は得れない。人生の大半を働く。


信用は逃げずに、約束を守り、結果を意地でも出すこと。この繰り返しで信用に厚みが出る。他人にメリットを与えない者は信用されない。特に富裕層相手には、カネ以外を全投資する気概が、成功の近道だ。家族さえも一時的に切り離す。自身が富裕層になってからでも問題ない。


日々の生活に困る者は、自身の目先のメリットを追う。それが結局、「労働所得」に固執させることになる。「不労所得」は自身のカネではたらいてもらい、新たなカネを生み出すこと。自身のカネで他人を良くすること。だから、他人のメリットを考えれることが一番最初であろう。




富裕層は常識から外れている。

 この前提が必要だ。富裕層は少ない。だから考え方も大衆の常識と違う。自身からみて理不尽でも、富裕層からみると全く理不尽でないことは多い。「不労所得」を得たいなら、富裕層の近くにいる。富裕層は理不尽と割り切って、付き沿う。一度、捕まえたなら、意地でも切り離されないことだ。富裕層で出会える機会は、人生ではとっても少ない。しかも年齢が高まれば、その機会は減る。


最初に富裕層に多く出会える機会は二十代。芸能とお水は十代から。その時に人間としての信用を得る。信用はSNSの様に口込まれる。富裕層間でシェアされるもの。「いいね!」を富裕層に押してもらえたら、先が明るい(これを太鼓判を押される、という)。年を重ねる毎に機会は二次関数的に減る。


自身でイチから「不労所得」を創ろうと思ったら、難しい。ただし、自身という素材を富裕層の料理人に任せたら、最初の「不労所得」はたやすくできる。気に入られれば、「不労所得」の創り方のコツ(HOW TO)を教えてくる。ポイントは、男は度胸、女は愛嬌。これだけでも、イマの時代は富裕層に気に入られる。それが通用するのは、男女共に三十歳まで。それ以降は実力がものを云う。

そして、富裕層は一見、富裕層に見えない点だ。カネがあからさまにありそうな者は成り金といって、当てにならない。まず「不労所得」を創るために、考え方を入れ替える。

(了)

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