上流か下流か、迫られる国民の選択

【人生論説】 較差は確実に拡がっている。グローバル化と医療技術の発達による寿命の延長が主な原因とされる。昔は、他国や多業種との連結が難しかった。昔は、平均寿命が今よりも短く医療技術は雲泥の差だった。それは富める者が、より延命する時代に入っていることを意味するだろう。そんな時代にどう対処をすれば良いのか。活路はあるのか。


平成二十八年六月十三日に記事『「超格差社会」ニッポンの現実 ~この国には「配当だけで年収3億円以上」が40人もいる!働かずに大金持ち一覧リスト/講談社』で、配当金を年間一億円以上受け取っているビジネスマンを百名、公表した。当該記事内で、米国の較差よりも日本の較差の方が酷いと記す。


上位40人が持つ資産はアベノミクスが実行されたこの3年間に2.2倍に急増していることが明かされた。
そのうえで、上位40人が保有する資産総額は、なんと日本の全世帯の下から53%ほどが保有する資産に匹敵する



この意味が分かるだろうか。この国の下位半分の保有する合計資産は、日本の富豪上位四十名の合計資産に等しい、というコトだ。当該記事で、配当金を多く受け取る者を百名、列記した。


内訳をみると、三十代は全体の三㌫、四十代は十四㌫、五十代は三十四㌫、六十代は二十六㌫、七十代は十八㌫、八十代は四㌫。一名は年齢が不明。順位は五十代、六十代、七十代、四十代、八十代、三十代となった。

そう、意外とシニアより五十代の方が、配当金を多く貰っているのだ。



さあ、彼らは創業者だが、六十代で退陣するだろうか。

 そう、健康志向の高まりから七十代、八十代まで経営者か会長などの実権者で在り続けるだろう。だから今が五十代のビジネスオーナが、八十代まで富める者の可能性がある。ミクシィはSNSとして衰退しているけれど、代取の笠原健治は堂々の三位の配当金受取額だった。まだまだ超富裕層で在り続けそうだ。よって、この較差の傾向は十年、二十年は続くものと前提にした方が良いだろう。


さて、問題は超富裕層でない者は、どうすれば良いか。

選択をするしかない。それはこれから二十年以上を富裕層として生きていくか、雇われとして生きていくか。二極化は止まらない。否、止まる原因がない。極端であるが、シンプルな選択である。雇われとして生きていくを選択した場合は、特に大きなアクションは存在しない。だが富裕層して生きていくを選択した場合には、人間を全部変える必要がある。イマ、富裕層でない者は、生き方が富裕層でない。考え方、振る舞い、人付き合い、野心等が異なる。だから富裕層の道がひらかれない。




<決断は早いに越したことはない>

 重要なのは、皆、創業者。会社を興した者だ。起業以外の道は途方もなく険しい。だから起業する前提、起業し大企業にする前提で生きていく必要がある。最初に要るものは、意志のみだ。人脈やカネは後から何とかなる。優れたビジネスのアイデアも、そういった者と親しくなれば、購入できる。重要なのは意志だ。


嘆いてもカネは産まれない。悲観しても無意味だ。ヒトを悪く言っても、預金は増えない。但し、嘆かず闘うか、悲観せず前向きにやっていくか、ヒトを良く見れば、コトは変わる。今日、明日で富裕層にはなれない。どの創業者もヒト知れず、ヒトの何十倍、何百倍も苦労をしている。その最たるものが、信頼できる友だちがまあ、少ない、いない。孤独なのだ。だから家族愛が普通より強くなるコトが多い。富裕層になれば、家族同士で争う時もある。


遅かれ早かれ、決めなければならない。

もう、中流はない。上流か下流か。どちらかを選択し責任もって自身の人生を生き抜くしかない。上を選び続け、逞しく生きることを薦める。

(了)

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