「戦争プロパガンダの法則」から分析する|露ウクライナ戦争

【軍事・書籍考察】 令和時代に「国連」常任理事国であり、軍事大国であるロシア(露、統領:ウラジーミル・プーチン)と親露から親米に政権交代したウクライナ(鳥、統領:ウォロディミル・ゼレンスキー)が戦争している。


日本は第二次大戦の過ちを冒してはならない。その過ちの一つに報道機関の扇動(メディア統制・世論操作)があった。令和の中堅・シニアは、これを研究する事を怠り、報道現在で一方的な報道に偏り、拙速に判断している。一部、中立を保とうする出版社等も在る。


過ちの研究を怠れば、再び惨(ムゴ)い戦禍に日本が再び巻き込まれる事になる。若き日本人は、戦争における報道の実態を知られたい。



<十の法則から個々にチェック>

 今から二十年前に、とある書が出版された。それは「戦争プロパガンダ 十の法則/草思社」。平成十三年の「九.一一(米同時多発テロ事件)」の翌年。著者は、ベルギー「ブリュッセル自由大(ULB)」歴史批判学のアンヌ・モレリ(戊子)教授。肩書は当時。歴史批評をメディアに適応し、世論を特定方向へ誘導する仕組みを体系的に分析してきた。


プロパガンダ;宣伝。特に、特定の主義・思想についての(政治的な)宣伝。/岩波国語辞典第七版新犯



以下が、アンヌ元教授が体系化した十の法則。

  1. 我々は戦争をしたくはない
  2. 然し敵側が一方的に戦争を望んだ
  3. 敵の指導者は悪魔の様な人間だ
  4. 我々は領土や覇権の為ではなく、偉大な使命の為に戦う
  5. 我々も誤って犠牲を出す事がある。だが敵は態(ワザ)と残虐行為に及んでいる
  6. 敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
  7. 我々の受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
  8. 芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
  9. 我々の大義は神聖なものである
  10. この正義に疑問を投げ掛ける者は裏切り者である



この十の法則を露・鳥(+米欧)の両サイドに一つずつ自身達が当てはめていく。どちらがプロパガンダを仕掛けているのか。将又(ハタマタ)、両者か。十の法則の全てが当てはまればプロパガンダではなく(≠必要条件)、過半数程度が当てはまればプロパガンダとなる(=十分条件)。


例えば、令和四年三月三日の「国連」総会緊急特別会合にてウクライナ侵攻の非難決議が賛成多数で採択された。百九十三ヵ国中、賛成は百四十一ヵ国(七十三.〇六㌫)。反対は露・ベラルーシ・シリア・エリトリア・北朝鮮の五ヵ国(二.五九㌫)。棄権は中国やインド等の大国を含めた三十五ヵ国(十八.一三㌫)。反対と棄権を合わせると、五分の一(二十.七二㌫)を占める。

この率の世界の少数意見を看過して良いだろうか。



今は善悪を判断できない

 日本の大手報道機関は、露を悪人・犯罪者の様に報じている。これは法治国家として、やってはならない事だ。刑事事件では裁判で判決が下されるまで、あくまでも“容疑者”ないし“被疑者”であり、“犯罪者”と報じてはならない。


刑事裁判の原則に「疑わしきは被告人の利益に(疑わしきは罰せず)」がある。


報道現在で露鳥の両国は戦争中であり、裁判の実施段階ではない。法治国家の国民なれば、今は両国のどちらを善悪と判断してはならない。「法の支配」を否定する事になるからだ。こればかりは、全てが終わり、当事者及び準・当事者を省いた中立の国々が調査し、判決が下るまで善悪の判断を待たねばならない。




<共産主義的な東京裁判>

 第二次大戦の『東京裁判(極東国際軍事裁判)』につき、英「枢密院」モーリス・ハンキー(丁丑)書記長は「戦争犯罪の錯誤/経営科学出版」にて「勝者の敗者に対する裁判だった。」と非難した。肩書は当時。


また、独『ニュルンベルク裁判』を含めて「これらの裁判は、人間の生命と歴史の審判の前に立つ国家の名誉とを裁く上に、不可欠な最高の正義を実行し得ない、という事である。」と不正を主張した。端的に言えば、喧嘩で勝ったものが敗けた者を一方的に裁判した事になる。


東京裁判中に十一名の判事の内、仏・蘭・印の三名の判事(二十七.二七㌫)が異常裁判を批判した。日米戦争及び東京裁判時の米国は、共産主義政権であった事が知られている。それは、原爆等の無差別殺人や裁判の公平性を度外視した“粛清思想”と何ら変わらない。



法の支配と性善説

 以上より若き日本人は露鳥戦争が終わるまで、善悪を判断してはならない。法治国家の日本人として、中立な裁判を以て善悪を判断する。「法の支配」を重んじない様な野蛮な国民に成り下がってはならない。法を重んじない報道機関に惑わされてはならない。当然、洗脳されてはならない。今は中立。


この戦争の当事者である露は常任理事国である為、「国際司法裁判所」が機能しないかも知れない。その時はまた、新たに裁判の仕組みを世界で考える必要があるだろう。注意すべきは、第二次大戦時に同じ、法体系の相違だ。英米法や大陸法、共産法等と世界の法体系は異なっている。世界裁判となると、大いなる議論を擁するだろう。


日本人は、七世紀始めの飛鳥時代・聖徳太子「十七条の憲法」より、和の民主主義を貫いてきた。刑法等も含め、日本法の基本は“性善説”である。他国の法は“性悪説”が多い。日本人は人を信じようとする。新共産主義の影響で、それは薄れているが、人を受け入れる・信じる力が日本人の強みであろう。世界の善きも悪きも巧く採り入れ、日本化してきた。


世界平和実現の為に、和の民主主義を貫いてきた日本人の叡智(こころ)が必要となる。



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