司法府・戸倉三郎 最高裁判所長官『新年の言葉』

【政治報道】 令和五年一月四日に戸倉三郎(甲午)最高裁判所長官は、『新年の言葉』を発表した。


 明けましておめでとう御座います。新型コロナウイルス感染症の蔓延が未だ終息しない中、昨年一年間、裁判所がその役割を果たす事ができたのは、全国各地の裁判所で勤務する裁判所職員の皆さんの一人ひとりが職務を全うされたお陰であり、心から敬意と感謝の気持ちを表します。


私も最高裁判所長官に就任して初めての新年を迎え、皆さんと共に、重責を果たしていく決意を新たにしました。



 さて、改めて申し上げるまでもなく、裁判所が当面する最も重要な課題は「裁判手続のデジタル化」です。デジタル化は、システムやデータの利活用のみならず、事務そのものを効率化して、その負担を軽減する事を本質の一つとします。


そこで、裁判手続のデジタル化を進めるに当たっては、裁判に対するアクセスの利便性向上や記録の作成・管理・利用等の効率化等だけでなく、裁判手続全体を抜本的に見直し、裁判に関わる当事者(本人・訴訟代理人・検察官等)と裁判所職員の負担がトータルとして軽減される事を目指す必要があります。


また、ディスプレイ上で記録を読む作業の負担を考えると、書面や書証を読む作業の負担の軽減は、裁判事務のデジタル化の成否を左右する重要な問題でもあります。この様な裁判手続全体の見直しは、裁判の質の向上にも繋がるものでなければならないのは言うまでも無い事であり、近年指摘されている「民事訴訟の審理期間の長期化傾向の問題」も、この取組みの中で改善を目指す事が望ましいでしょう。



 更に、裁判所職員の事務負担を軽減して執務状態に余裕を齎す事は、「複雑困難な事件への対応を含む事件処理態勢の一層の強化」、「裁判官等の自己研鑽等による成長や紛争解決に向けた創意工夫と実践の活性化」、「ワーク・ライフ・バランスの実現」等の観点からも有益であり、裁判所の紛争解決機能の充実・強化にも繋がるものです。


デジタル化を契機とする裁判事務の合理化・効率化は、この様な積極的意義を有するものである事を改めて強調したいと思います。長く行われてきた実務を変える事は心理的にも容易な事ではありません。その意味でも、裁判事務を大きく変えるデジタル化は、これまでとは違う発想で裁判事務の在り方を見直す千載一遇のチャンスなのです。



 デジタル化の検討が先行している「民事訴訟」については、現在、全国の裁判所に於いて、ウェブ会議等を利用した争点整理の実践が行われ、これと並行して全国の裁判官等による意見交換(ウェブ会議)が活発に行われています。


この意見交換に於いては、ウェブ会議等の機能を活用した効率的な争点整理の実践例やその成果の判決書への活用方法等、多岐に亘る議論がされており、正に先程述べた問題意識を的確に反映したものだと言えます。


審理の在り方は、事件の内容、裁判官や当事者の個性等によって一様ではありませんから、様々な実践例に基づき、できるだけ多くの誰もが活用できる選択肢が裁判官の間で共有されるという成果を期待しています。


民事訴訟以外の手続についても、順次、デジタル化の検討が進んでいきますが、法改正やシステムの検討にも反映させる観点からは、早い段階からデジタル化後を見据えた審理の在り方等を検討する事が望まれます。



 裁判所全体で見ると、同種の事件を担当する裁判所職員の経験の長短や広狭、時間的制約の程度は様々であり、これらを部の中で補い合い、共有し、継承するという事が部の果たす機能です。


この機能をより実効あるものにする為には、経験が充分ではない裁判所職員や時間に制約のある裁判所職員が負担を感じている部分を客観化し、それに対する対処等も含めて、経験豊かな裁判所職員の個別事件への対応や手持ち事件全体のマネジメントに関するノウハウ等を何らかの形で言語化して、これらの情報を組織全体で共有しておく事が有益です。


経験豊かな裁判所職員が、長年の経験で身に付けたノウハウを「無形文化財」のままにしておくのは余りにも惜しい事であり、裁判所全体の叡智を結集して裁判手続全体の抜本的な見直しという困難な課題に取組む観点からも、この様な「知の承継」の意義は大きいと思います。



 デジタル化の為のシステム開発に於いては、これを利用する裁判所職員の意見、感覚を的確に反映していく事が不可欠です。その為には、システム開発を担当する「デジタル推進室」と裁判の第一線の裁判所職員との間でオープンな意見交換を重ねる事が重要です。


特に、(気持ちの)若い裁判所職員の皆さんには、自分達が「新しい裁判システム」を作るのだという気持ちで、積極的に関わって頂く事を期待しています。その際、事件の審理や判断に関する裁判官の専権に属するもの以外の事務については、可能な限り簡素化、標準化するという発想も大切です。


終わりに、本年が皆さんに取っても良い年になる事をお祈りすると共に、新しい裁判に向けた取組みが着実に進む事を期待して、新年の挨拶と致します。


撮影:岡本早百合

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