心のゆとり(余裕)のつくり方

【人生考察】 余裕がない。これはいけない。心に余裕がないのは、非常にまずい。だが実際には多くの人が心にゆとりがない状態で日々を送っている。これでは心が疲れ、頭が回らなくなり、身体に覇気がなくなる。そして時間に、ただ追われていく。


では心のゆとりは、どうやってつくるのか。

まず目先の仕事の量が多いはずなので、その絶定量を少なくする。仕事を自身でやるか、他人にお願いするか。自身でやる場合も短期の利益のもの、中長期の利益のもの、そして何にもなってないものを仕分けする。何にもなってないものを止めるべきだろう。意外にもほとんどの仕事はなくとも困らないものが多い。


細かなことは経営コンサルタントなどに任せるとして、不要な雑務(=自身の利益にならないもの)を削っていく。要領良く仕事をすること(効率化)も大事だが限界があるので、雑務を削る。そして時間をつくる。


 この時間をつくるのがポイントだ。現代人は空き時間があると、埋めようとする。これはいけない。埋めずに空けておく。その時間は自由時間だ。極論、何もしない。何も考えない。ぼーっとしているだけで良い。そうは言っても座禅でも難しいように人は何がしかを考えてしまう。そういった無駄にみえる時間が効率化や創造性に寄与するもの。

特に自宅に戻り、湯船にゆっくりと浸かる時間は欠かせない。「命の洗濯」だ。


これは最低限だけ仕事を行う姿勢とは異なる。それでは単にやる気がないだけだ。あくまでも自身を高めるためにゆとりをつくる。


時間に、心にゆとりが生まれることで、お金のゆとりに繋がっていく。財運はせせこましい人には寄りつかないもの。菩薩や仏のような余裕のある笑みが日常になっている者が、お金のゆとりを生んでいく。


まずは一分のゆとりから挑戦を行う。喫煙者は一服という名のゆとりをつくりに行っている。そこで切り替えをして仕事を行う。人生百年時代には、喫煙タイムのようなゆとりを仕事の合間に入れることができるかが重要だろう。


そして段々と時間を伸ばしていく。一分から十分、一時間、一日と。

確かに高所得者はまとまった時間を余暇に当てている。富裕層は日常にゆとりをつくっている。


目を閉じて深呼吸からしてみよう。

恐らく、本質的に焦ることがないものだらけなことに気がつく。


記事:金剛正臣

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