若手に問う、平成の生き方で幸せだったか

【人生考察】 前元号の平成はバブル崩壊から始まった。「失われた十年」と呼ばれていた経済低迷は二十年、三十年と平成まるまるが経済低迷だった事になってしまった。無論、その中でも株取引で富裕層入りした者もいた。


経済は生もので人が創るものである。平成では実質賃金が減ってしまった。雇用は正規から非正規が大幅に上昇した。令和になって生活が安定する見込みがあるだろうか。


どの様に平成を若手は生きてきたか。無難に、確実に、と波風を立てない様に自己の利益を追求してきたのではないだろうか。果たして、その生き方で収入は上がったのか。幸せだったのか。これからの令和も、その生き方で人生百年時代を生き抜いていくのか。三十歳なら後五十年、四十歳なら後四十年間も仕事をし続ける。五十歳になってからでは、生き方の変更は難しいだろう。


平成でも最も謳歌したのは、人権だ。パワハラやセクハラ等のハラスメントが市民権を得た。だが、人権を声高に叫んで収入は増えただろうか。働き口は少なくなってないだろうか。誰かが言った。「人権を唱えれる者はブルジョワだ」と。その通りである。まず収入を得る為に働かなければならない。収入を上げ、コンビニやレトルト食品ではなく、単価が高いが健康に寄与する食事を摂った方が良い。単純に元気になる。そして効率的に仕事をして時間をつくり、スポーツに勤しむ。


その後に漸く、人権だ。この順番を間違えてしまうと、人生ジリ貧だ。先に人権を主張してしまうと、仕事で冷遇され、収入が減り、食が細くなり、精神不安にかられて、スポーツする余裕もなくなってしまう。最悪は離職だ。収入が安定してないのに、人権を翳すのは止めた方が良い。日々が苦しくなる。


ここで覚えられたい。人権を声高に叫び、仲間を増やすと収入が増えたりする者がいる。先の人権派系ブルジョワだ。彼と共に行動して賃金は貰っただろうか。彼らは無償で何かの仕事をする事を当たり前としていないだろうか。そのブルジョワは間違いなく搾取している。人権を掲げるのが正義だと言い張り、利益を得ている。よくチェックしてみて欲しい。

真の人権派団体もいるだろうが、ハイムの長年の取材では一度も確認できた試しがない。


それよりも無難な生き方を止め、上司や取引先に一目置かれる様な人材になった方が良い。これは頭の良さではなく、人間性である。無難な生き方をする者は、ビジネス的に替えが利く。挑戦的な者は、善し悪しを別にして覚えられる。覇気があり、意欲的であり、失敗を改善できる者は社会からニーズがある。


収入を増やすという事は、その者の「ビジネス的な信用資産が増えた」という事だ。収入が増えれば幸せを得れる訳ではない。だが収入が低ければ、不幸が多い。平成と同じ生き方で本当に良いのか。生き方を変えるなら、若手、できれば若者の内と早いに越した事はない。

(了)

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