学歴問題の結論は決まっている、それよりも成果

【人生・教育コラム】 学歴問題が一部で話題となっている。今更でもないが、結論は「大卒以上で、成果が高い者」となる。


雇う側ならば「大卒以上で、成果が高い者」が欲しい。これが需要だ。反対に「高卒以下で、成果が低い者」は要らない。需要は薄い。これは雇用の上下関係だけでなく、横や縦のB2Bでも同じだろう。「大卒が多い企業で、成果が高い」と「高卒が多い企業で、成果が低い」。


大企業を見ても、行政や政治家を見ても、そうだろう。


そもそも上級の大学や大学院を出るには、相応の対価を支払っている。時間と費用だ。特に時間は取り戻せない。青春時代に友人や恋人との時間を選択せず、勉学に励んだ。この結果、学歴による差がなければ、誰も二度と取り戻せない若き日の人生を賭さない。大きな何かを捨てた以上、相応のメリットが必要だ。


問題は大卒だからといって、成果が高い訳ではない点だ。高卒でも大卒以上の成果を出せる者もいる。文科省(大臣:萩生田光一)は、いわゆるノンキャリの高卒の者を省庁トップの事務次官クラスに先程に抜擢した。


ならば順番は決まっている。

  1. 大卒で、成果が高い者
  2. 高卒で、成果が高い者
  3. 大卒で、成果が低い者
  4. 高卒で、成果が低い者



<需要に基づく成果、その需要そのものを選べる時代>

 つまり学歴は初対面向けの説明(アイコン程度)でしかない。「大学受験を頑張りました(頑張りませんでした)」「法学を学びました(大学に行く代わりに社会で実務を学びました)」等。


その後、人は成果で判断する。成果が出なければ、社会において需要はない。その需要も企業によって、まるで異なる。行政となれば、尚更だ。何にせよ、学歴が立派でも成果を一番求められる。報道府がどんな成果を上げてきたかは、ハイムの過去記事やYT、FBを参考にしてもらいたい。


これからの時代はリカレント教育。一度、大学を出ても今一度、入学する時代。


何故ならば、成果を上げる為だ。今の日本は第二次産業革命時代に適した企業・行政となっている。なので、第三次産業の平成時代に日本経済は落ち込んだ。「ツーブロックは犯罪に巻き込まれる」等は前々時代的であるが、教育機関の意思決定者でもある。


だから若手は前々時代に合わせなくても良い。合わせても良い。選べる。


ただ自身の人生の成果を求めるならば、前々時代に説明して変えるよりも、今の時代に生きる者と一緒に仕事をした方が良いだろう。前々時代の者も自助努力・自己責任で頑張られたい。前々時代に合わせるという事は、需要は前々時代の者が決める。前々時代に合わせないという事は、若手の需要で決めていく。


日経ラジオでも「これからの日本は衰退しかない。」等と言う前々時代がいる。彼らには明るい未来は描けない。知識が古いからだ。知識が新しい若手は、彼らに触れなければ良いだけ。うるさい古い上に触れず、前向きに淡々と仕事を行っていく。


実際は、若手に合わせられない企業・行政が落ちていくだけだ。それが第四次産業革命。

学歴は若手にとって、単なる情報でしかないだろう。

後は、その者が若手達にとって好ましい成果を出せるか、否か。

然程、問題でもない。


令和時代の若手(五十歳未満。実際は四十五歳ぐらいが精いっぱいな気がするが。若者は三十五歳未満。こちらも実際は三十歳ぐらいだろう。これらは国が定める基準の者)は、昭和や平成よりも信じられない程に自由なのだ。

大丈夫。若手のコミュニティにいれば、生きていける。

合わせてくれた中堅・シニアには、誰か達の様に排除せず、優しくしよう。


記事:金剛正臣、画像:FPhime

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