最後の諦めてはならない世代『氷河期世代』、百人に三人でいい

【日本論説】 ハイムの母体である報道府は「株式会社や社団法人ではない為、利益や柵(シガラミ)に左右ない報道・教育機関として、国民及び世界市民の利益に適うと判断される、後世へ残すべき事実と見解を発信」する。発足から十三年が経った。


新参の報道機関が五十年、百年の歴史ある大報道機関群と共に日本の前線を回っている。


コロナ禍により取材の仕方も大いに変わった。その最中、もやっとしていたが明確になりそうな事が迫っている。それは、この令和日本における氷河期世代の重要性だ。


物事には起点がある。事件であれば、その発端となった事柄。トレンドやブームでは、その起点となった一つのSNS発信。経営学では「イノベータ理論/エベレット・M・ロジャース」となる。簡単に説明する。市場の六十八㌫を占めるマジョリティを獲りに行く為に、起点となるたった二.五㌫のイノベータが欠かせない、というもの。起点無くば、その先も無い。


ハーバード大学の政治学者・エリカ チェノウェス教授は、とある社会運動の研究で「三.五㌫の住民が活発に抗議に参加すると、重大な政治変革が確実になる点」を統計的に見出した。先のイノベータと近似である。百人中、三人から四人で経営も社会・政治も変わる。このエリカ教授も日本では、氷河期世代に該当する。


氷河期世代は生産性・持続可能性(持久力)・忍耐性等が、他の世代よりも統計的有意に高い可能性がある。あくまでも総合的な観点だ。実質的な一番上の世代は「焼け跡世代」。この世代は鋭敏性に関してはズバ抜けているが、年齢的及び技術的な点で若い世代に劣る。次は「しらけ世代」。この世代は忍耐性が高いが、自発性が低い。「バブル世代」は瞬間最大風速は最大だが、持久力に問題がある。


氷河期世代の一つ下の「プレッシャ世代」は生産性は高いものの、社会性(共感性)に乏しい。「ゆとり世代」は芸術性が高く、忍耐性に難がある。その下の「脱ゆとり世代」は社会未経験に等しいので、割愛する。



経営には適材適所がある。これは非常に難しい。今、トップに立つべき、前線で陣頭指揮を執るべきは、スペシャリストではなくゼネラリスト。コロナ禍で流れが変わっている。各世代を勘案すると氷河期世代がベターとなる。しかし、その氷河期世代でトップや前線の担当(部長等)は、驚く程に少ない。このままでは、氷河期世代を適材適所できないが、先のイノベータ理論とエリカ教授の統計から悲観的ではない。


氷河期世代の絶対数は一千七百万人。前者の理論である二.五㌫なら、四十二.五万人。後者の統計なら五十九.五万人。日本全体の一億二千万人を分母とするなら、大した数字ではない。



氷河期世代の四十万人から六十万人が動くと、日本が大きく変わる。



今の日本は閉塞感や絶望感、諦めの境地等と心根が歪んでしまっている。氷河期世代だけ歪んでない訳ではない。逆に氷河期世代の境遇で考えれば、歪んで当然だ。それはバブル世代やゆとり世代にも言える。


ゆとり世代に「前向き」「未来志向」なんて、エイリアンを想像しろと言っているに等しい。彼らに実体経済の好景気なんて人生で一度も知らない。生まれてこの方、ずっと不景気で生きてきた。それでも境遇で考えると、氷河期世代よりもマシだ(例:就活)。


そんな荒んで良い氷河期世代の目は、まだ死んでない人が結構いる事を直接の取材で知った。まだまだ諦めてない氷河期世代がいる事を多数知った。


毎月閲覧ランキング上位に入っている記事がある。それは「再びの高度経済成長のため、国家予算を二百兆円に(既報)」。この記事は令和元年九月に配信した。その後、安倍・菅両内閣のお陰で、二年度の国家予算(一般会計)は二百兆円に後二十兆円へと迫る百八十兆円まで積み増してくれた。先立つものがなければ何もできない。



報道府は、いつまで経っても好景気にならない理由を、「緊縮財政(デフレ化、財政再建)」である事を突き詰めた。財務官僚が簿記を知らずに、勘違いしていたのが全ての原因だった。他の大報道機関群は、未だに緊縮財政を堅持。同じ様に現場の記者達は簿記を知らない。報道府は報道機関として真っ向から対峙している。詳細は各財政記事にて。


ただ、総理や国会議員、一部の若き財務官僚達のお陰で財政出動ができた。結果、本年の経済対策で国民の預金は少しだけ増えた。



環境省は、小泉進次郎 環境大臣及び若き環境官僚達のお陰で省庁中トップのDXに成功。経産省も若き経産官僚達のお陰で、より民間に則した省に成りつつある。今は文科省の若手の番。子ども達の教育・人生が懸かっている。



経済の方は、まだまだ氷河期世代・ゆとり世代が劣勢だが、着実に一社一社、上場しつつある。政治だけでは駄目で、民の直接の利益である経済が欠かせない。報道府はシニア・中堅が圧倒的与党の中、一条の光(ヒトスジノヒカリ)を諦めず、若者を含む若手をバックアップ報道してきた。若手がトップの報道機関も報道府以外に二社できた。

理解あるシニア・中堅のお陰だ。深く深く感謝したい。



もう、前向き・未来志向で、やる気が残っており、この暗めな日本を変えれるパワーを持っているのは氷河期世代しかいないかも知れない。氷河期世代が完全に荒んだら、日本に手は無いかも知れない。上から叩かれ続け、下から揺らされ続け、タイミングは不遇だらけだった。だが、この世代の経験こそが日本に必要なのだ。


前・高度経済成長期に生まれ、平成バブル期の超・好景気を知る最後の世代が氷河期世代。



好きな楽曲は何回どころじゃなく、何十回、何百回もエンドレスに聴いてきた。超・好景気の時のアーティストの魂の楽曲を心と身体に沁み込ませてきた。本当に苦しい時、泣きたい時、幾度も音楽に救われてきた。拠り所が音楽しかなかった人もいるだろう。


今一度、その好きだった楽曲を聴き、心に身体に熱を込め始めて欲しい。



氷河期世代の四十万から六十万人が、あの頃の様に同世代同士でいいから一致団結できれば、逆転できる。令和日本で好転できるのは、好景気を呼び起こせるのは、氷河期世代しかいない。総理や官僚がどれだけ優秀でも日本経済の主力は「個人消費」。その個人が金を使って欲しくなる商品・サービスを大いに創り出す。必要なのは無難ではない。



政治は報道府と若き報道機関で何とかする。だから両輪の一つである経済は百人に三人、四人の氷河期世代から頑張って欲しい。不平・不満・文句は痛い程、承知している。だが、子どもや未来に生まれる孫達の為に、本当に長い冬をいい加減、終わらせないか。


そして、ゆとり世代に好景気を見せて光が存在する事を教えよう。彼らは彼らなりに本当によく頑張っている。これも人生の先輩としての一つの役目だろう。


起点は氷河期世代。

(了)





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