【芸能報道】 日本の映画界を代表する監督の一人に黒澤明(庚戌)がいる。平成十一年には米週刊誌「タイム」アジア版の「今世紀(二十世紀)最も影響力のあったアジアの二十人」に選ばれた。監督した作品数は三十作。その黒澤監督に厳しく育てられたと謂う俳優がいる。舞台出身の仲代達矢(壬申)だ。黒澤監督の終期の日仏作品『乱(一九八五)/東宝』で仲代は主演を務めた。
その『乱』がデジタル修復版として二十九年四月一日に東京・恵比寿にて、『乱 4K/KADOKAWA』が公開。仲代と本作のプロダクション・マネージャである野上照代(丁卯)がトークショーを行った。黒澤が構想に十年を費やし、製作費二十六億円を掛けた本作の4K版を観客と共に観賞。トークショーでは三十年前の当時を思い出しながら、黒澤を甦らせた。
<実際は二十六億円以上>
昭和七年生まれの仲代(写真上)は八十代、昭和二年生まれの野上は間もなく九十代。映画界ではレジェンドと呼ばれる。観賞後の感想は「最近作った映画みたいに新しい。」と、当時五十代で七十代役に挑戦した仲代が述べた。野上は「映画は上映です、最終的に。観せたいですよ、黒澤さんに。」と4Kの画質・音質の高さを伝えた。「仲代君、これは狂人。狂うんだけど、あんまり役者は狂う様な芝居をしないで下さい、と。昨日言った事と今日言った事が違うのが狂いだ。」との件をはっきり覚えている旨を仲代は話した。
本作のベースはウィリアム・シェイクスピア(甲子)の悲劇「リア王」に毛利元就(丁巳)の「三本の矢」等を含み、日本化したもの。実は製作費は公称で実際は「もっと使ってますよ。」と野上が吐露。作中のメイクの話しでは、画家志望であった黒沢の拘りが語られた。仲代のメイクには四時間を費やしたが、黒澤の調子等により撮影中止となってしまった事もあったという。
一発本番、四億円の炎城
見せ場である城が燃えるシーンでは、その場面だけで四億円を費やしたにも関わらず、ワンカットであった事を伝えた。城が燃える中、仲代は独りで本物の業火の中に立っていた。周囲にいた助監督達は既にいない。黒澤は「まだだよ、まだだよ。」と粘る。その場面での仲代は狂っている状態なので、決して下を見てはいけない、という指示が出ていた。黒澤から「はい、仲代君、出てこーい。」と合図が掛かり、仲代は「滑ったりしたら本当に困るので、転んだら四億だって言うんですよ。ワンカット四億。転んだら四億かよって。」と、プレッシャが甚大であった事を回想した。
プレッシャの撥ね退け方は、プロならではのものだった。「危険ではあるけれども、これが良い画になって、(良い)画面になって。したら一寸、怖くなくなるんですよね。」と。時代背景として当時はスタントは使わず、役者本人が危険なシーンを行える事を芸の一つと見做していた。
野上は「天下広しと云えども、仲代さんしか出来ないですよ。映画の俳優じゃ出来ないですよ、あれは。」と、幼少期から舞台で訓練を重ねてきた経験を理由に仲代のみが演じれるシーンと太鼓判を押した。城が燃えるシーンのカット後に「どんな気分だったって(聞いたら)、いやいや、良い気持ちだったって。映画に殉じた様な気持ちだったって。」と、仲代の胆力に驚きを滲ませた。
求められる緊張感
「黒澤さんは画面の隅から隅まで創る人ですよ。(怒っているのは)しょっちゅう。黒澤さんはプロデューサとか金を出す方が(自分を抑える)敵だと思っていますから。」と、野上が斬り込む。「金出している方は自分(黒澤)を制約している相手。」と、当時の黒澤の考え方を口にした。現場での黒澤について仲代が問われると「馬鹿タレ、役者は上がるな。」と黒澤に言われ、山崎努(丙子)と共に酒の席で「先生、あの役者ってね、上がるなって言うと余計上がるんですよ、と。すると、あ、そう、って。」と一度は聞き入れたかに見えたが、ニ、三日後には「上がるな~!」と戻っり仲代と山崎は顔を見合わせた。
当時と今の映画界も比較した。「当時の役者は台本を持ってこず、シナリオを覚えていた。」と仲代。役者にはある程度の緊張が大切である点を述べ、ふと思い出した。ある日、とある場で今度の作品を問われた黒澤は「俺はテーマなんか何も無い。創りたいものを創るんだ。」との話しを仲代が挙げ、「映画監督を芸術家と認めて、創りたいものを創らせる環境。」と出資サイドと制作サイドの軋轢の問題を訴えた。
野上は現代の技術の発展から「誰でも映画を作れるよ。現場でね、これ失敗したら物凄い事になるっていうね、緊張感なんて今無いもん。」と当時の現場の責任感と緊張感を挙げ、上映された作品の品質について警鐘を鳴らした。また仲代は、才能ある若手に「もう少し余裕を与えて。」と映画界の状況を危惧。更に野上は現代に緊張感が全く無い点を重ねた。修正や後付けが可能な現代映画に必要なものを二人は教えた。
尚、仲代は六十年の芸歴の中で百六十本近くに出演。本作が最高額のギャラであった事を話した。本作は当時、日・英アカデミー賞等の各賞を世界より二十賞以上も受賞した。
=クレジット=
『乱 4K』
YEBISU GARDEN CINEMAにて 4/14(金)まで上映中
配給:KADOKAWA
©1985 KADOKAWA/STUDIO CANAL
映画『乱 4K/KADOKAWA』トークショー
画像提供(中段):㈱KADOKAWA
撮影記事:金剛正臣
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