選挙・投票=自身の『正義』を託す者

【政治論説】 令和四年七月八日に安倍晋三(甲午)元・内閣総理大臣が暗殺された。六十七歳だった。本日は第二十六回『参院選』の投票日。


各党党首が選挙期間中の元総理の暗殺につき、許されない“蛮行”と激怒した。


「民主主義」は議論をぶつけ合わせ、主権者へ政治家の主義主張を伝える。政治を銃や独裁等の暴力ではなく、自由な議論で平和裏に行う正義が民主主義である。暴力は悪である。



<日本臣民の正義>

 その政治家が主義主張を伝える、最高の場所が日本の『街頭演説』である。今回の暗殺事件で分かる通り、米欧等で日本の様な“辻立ち”等の街頭演説は不可能だ。それを日本で可能にしているのは、主権者・日本臣民の正義が根底に在るからに他ならない。


今回の元総理暗殺事件では、その正義が問われている。


犯人は氷河期世代・後期。言論の正義ではなく、暴力の悪を用い、人様の命を奪った。世界平和を唱える日本臣民は、決して行ってはならない。言論を用いる。


独裁国家を見れば分かる通り、言論の正義=選挙・投票を国民や人民が軽んじ続ければ、とあるタイミングで暴力の悪=革命・独裁・粛清がまかり通る。地球上の民主主義国家は三分の一に過ぎない事実を知るべきだろう。



報道機関を辞めた「テレビ朝日」

 今回の選挙中にテレビ朝日の党首討論でも「言論封殺」が起こった。とある党首の発言を同社が一方的に打ち切った。極限られた日本の公共の電波を使わせて貰っている同社が、政治家の主義主張を遮った。自ら報道機関である事を下した瞬間だった。テレビ朝日は、選挙期間中に国政党首の言論を封殺した以上、最早、報道機関ではない。公共の電波を利用する、ただの悪である。


この様に若者・若手が選挙・投票を軽んじ続ければ、報道機関を名乗っている企業も「暴力政治」へと変わる。コロナ禍の都政の様に、言論封殺や権力者の横暴(自粛強制・自殺増等)がまかり通った事実を見てきたではないか。正義を潰す機会を、虎視眈々と悪は狙い続けている。



自身の正義を誰に託すのか。



それを選ぶのが選挙であり、投票である。政治家には、『日本主義』の正義の政治家と『新共産主義』の悪の政治家がいる事を今回の参院選で報じてきた。安倍元総理は日本主義の政治家だった。新共産主義は金で釣ってくる。政治家の贈収賄事件で知れている所だ。


自身の正義を誰に託すのか。これが本来の民主主義の選挙・投票の基準である

(了)

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