理想の人材像を目指してはならない、理想は掲げるもので成るものではないみたいだ

【人生論説】 人は理想を追う。自身に対して求め、他人や周りに対しても求める。


自身が思い描く理想と現実のギャップに心を打ちのめされることもあるのだろう。


ただ、他人に自身の理想を押し付けるだろうか。そんな幼稚なことはしない。他人は自身と同じ自由意志がある人間だからだ。他人に自身の理想を押し付ける者は、余程、その者を下に見ているのだろう。最早、人間扱いをしてないかもしれない。


仕事でも何でも自身が思い描く理想の人材を目指してはならない。


理想は掲げるもの。


理想を掲げることによって、ギャップの分に対して「なら、どうしようか。」「これなら少し理想に近くなるかもしれない。」などと、アイデアや閃きの源泉となる。自身の頭上に輝く星が理想なのだ。その理想なくば、現在地も分からないし、何をやったら良いのか、そもそも何をしたいのかが分からない。



理想は、夜空に浮いて瞬いているだけで良い。


航海時の北極星のように、自身の道しるべとなる。



理想は理想、現実は現実。


間違っても理想の自身に成ってはならない。万一、実現してしまうと、ふっと全てが抜け落ちてしまう可能性がある。燃え尽き症候群のようなものだ。


理想を達成したからといって、次の新たな理想が出てくるとは限らない。理想は理想のままで良い。



でも、その理想自体は十代、二十代、三十代とけっこう変わるもの。そういった心の変化を愉しみながら、現実の自身を日々、高みにもっていく。「よいしょ、よいしょ。」ともっていく。



常に高いわけではない。波のように上下する。どの波の高さであろうとも、理想を掲げながら現実を一つひとつ生きていくことが大切。「よいしょ、よいしょ。」と生きていく。あくまでも、高みにもっていこうとする意志がポイントなのだ。だから、理想は捨ててはいけないし、たくさんの理想があっても良い。


令和時代からは一つだけを目指す時代ではない。我がまま気ままに、あれもこれも選んで大丈夫な時代。ただ、一つひとつは信頼関係を構築することが大事。これも「よいしょ、よいしょ。」と少しずつ、つくっていく。






本当に色とりどりのたくさんの理想がある満天の星の下で航海していく。きっとこれが愉しい人生。

その星を道しるべにすれば、進んだ先には新大陸があるもの。

これを成長という。


自身のたくさんの新大陸を発見していく。



よいしょ、よいしょ。

(了)

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