二人の二十代監督の比映画『アリサカ』と中映画『一人と四人』

【芸術考察】 美しくない映画は存在するのだろうか。映画には監督や演者がもつ美が、何がしか込められている。


第三十四回「東京国際映画祭」のコンペ部門から若者の監督を二本。比映画『アリサカ/ミカイル・レッド(辛未)』と中映画『一人と四人/ジグメ・ティンレー(丁丑)』。共に世界初公開。前者のタイトルは旧・日本軍の「有坂銃」、特に狙撃銃を指す。後者はチベット映画の雄、ペマ・ツェテン(己酉)がプロデュース。ティンレー監督は彼の子息。作中では北京語とチベット語が混ざり合う。


先ずはフィリピン映画から。ジャンルはアクション・スリラ。女性警察官「マリアーノ」が主人公だ。物語は副市長の暗殺から始まる。絡むのは、第二次大戦中に日本軍が「死の行進」を行ったバターン。日本軍へ投降した米軍及び米フィリピン軍が、全長百二十㌔㍍の内、八十㌔㍍近くを捕虜収容所に向けて移動。その際に多数が死亡した。


一命を取り留めた重症のマリアーノは、副市長を暗殺した手練れ達に追われる。逃走中に出会うのは、先住民の少女。フィリピンには未だ先住民問題があり、この問題をレッド監督は先住民サイドと警察サイドから描写した。本作を二十九歳の監督は「フィリピン人の抑圧、抵抗、そして生存の歴史を辿る物語りです。」と述べる。七作目。


マリアーノの美は男達と殺し合う逞しさ、先住民の少女の美は純真さは素より、勇気を奮い立たせた美。対極にある暗殺者達の冷酷さが、美のコントラストを引き立たせていた。特に執拗なまでの負傷箇所への攻撃は、監督(写真上)の底にある冷酷さが投影されている。




後者のティンレー監督は二十四歳。本作が長編処女作。「本作は敵意に満ちた暗喩的な物語りです。」と監督は述べる。人狼ゲームの様な展開が周囲を雪に覆われた山小屋で行われる。タイトルの一人は山小屋で暮らす山の管理人。鹿の角を狙う密猟者に目を光らせている。


一方で警察官が密猟者を追い詰めていたが、反撃され、共に事故を起こす。ここから管理人・一人と四人の物語りが始まる。誰が密猟者なのか、誰が警察官なのかが管理人には分からない。同郷のチベット人も登場し、管理人への離婚届を渡しに来る。


監督は登場する五人を「原始的な人間の本性を晒し出し続けます。」と。そして「管理人はまるで猿人から現代人への進化の様な経験をしました。」と作中での主人公の成長を伝えた。その主人公の男は純粋である。純粋に人を信じようとし、純粋に警戒する。果ては純粋に離婚届に動転し、大いに心を揺さぶられた。そういう美しい心をもつ男の物語りだった。


記事:金剛正臣

©TEN17P、©Mani Stone Pictures

0コメント

  • 1000 / 1000