【政治報道】 岸田総理(丁酉)は、令和四年七月十四日に今秋に安倍晋三(甲午)元総理の『国葬儀』を執行を決定した。本決定に対して翌十五日に日本共産党(委員長:志位和夫)、れいわ新選組(代表:山本太郎)と社会民主党(党首:福島瑞穂)の三党は反対談話を発表した。
共産党
<安倍元首相礼賛の「国葬」の実施に反対する>
- 昨日、岸田文雄首相は、参院選遊説中に銃撃を受け亡くなった安倍晋三元首相について、今秋に「国葬」を行うと発表した。岸田首相が「国葬」とする理由について、「憲政史上最長の八年八ヶ月に亘り卓越したリーダーシップと実行力で・・・内閣総理大臣の重責を担った」「東日本大震災からの復興、日本経済の再生、日米関係を基軸とした外交の展開等の大きな実績を様々な分野で残された」「その御功績は誠に素晴らしいものがある」等を挙げた事は重大である
- 日本共産党は、安倍元首相が無法な銃撃で殺害された事に対して、深い哀悼の気持ちを述べ、暴挙への厳しい糾弾を表明してきた。政治的立場を異(コト)にしていても、共に国政に携わってきたものとして、亡くなった方に対しては礼儀を尽くすのが我が党の立場である。同時に、それは安倍元首相に対する政治的評価、政治的批判とは全く別の問題である。日本共産党は、安倍元首相の在任時に、その内政・外交政策の全般、その政治姿勢に対して、厳しい批判的立場を貫いてきたし、その立場は今でも変わらない。国民の中でも、無法な暴力で命を落とした安倍氏に対する追悼の気持ちをもっている人々も含めて、安倍元首相の政治的立場や政治姿勢に対する評価は、大きく分かれている事は明らかだと考える。然(シカ)も、安倍元首相の内政・外交政策の問題点は、過去の問題ではなく、岸田政権がその基本点を継承する事を言明している下で、今日の日本政治の問題点そのものでもある
- 岸田首相が言明した様に、安倍元首相を、内政でも外交でも全面的に礼賛する立場での「国葬」を行う事は、国民の中で評価が大きく分かれている安倍氏の政治的立場や政治姿勢を、国家として全面的に公認し、国家として安倍氏の政治を賛美・礼賛する事になる。また、こうした形で「国葬」を行う事が、安倍元首相に対する弔意を個々の国民に対して、事実上強制する事に繋がる事が、強く懸念される。弔意というのは、誰に対するものであっても、弔意を示すかどうかも含めて全て内心の自由に関わる問題であり、国家が弔意を求めたり、弔意を事実上強制したりする事は、あってはならない事である
- 以上の重大な問題点を考慮し、日本共産党は、この様な形での「国葬」の実施には反対する
安倍元首相が八年八ヶ月に亘る在任中に果たした役割については、事実と道理に基づき、冷静な評価が行われるべきである事を、特に強調したい。
新選組
<安倍元総理の葬儀を国葬で行うという政府の決定について>
凶弾に倒れた安倍晋三元総理大臣に改めて哀悼の意を表します。言論に対する一切の暴力行為を許容しない、とれいわ新選組は宣言する(註;虚偽。報道府の街頭演説の対し、新選組は複数回に亘り『報道の自由』を暴力を以て侵害)。
本題に入る。元総理大臣の葬儀を国葬で行うという政府の決定について、私達は強く反対する。その理由は大きくは二点に集約できる。理由の一つ目は、現在の日本において、国葬を実施する法的根拠が存在していない事である。
一九四七年に「国葬令」が失効して以降、国葬を行う法的根拠は無い。仮に政府が「国民葬」の様なものを提案するのであれば、国民全体が納得いく根拠を示し、 国会においても議論を行う事を大前提にすべきである。
一方で、安倍元総理の政策について肯定的に評価する意見がある事は理解する。安倍元総理の功績を評価する方々が、葬儀の場でその功績を称える事は広く認められるべきであろう。併(シカ)し、それを国葬として行う事は筋違いである。支持者や、特定の宗教団体や党の関係者主催の葬儀を行えば良く、国葬という形を執る必要は全く無い。
理由の二つ目は、岸田総理が閣議決定で国葬を決定するとした理由の具体的な内容である。岸田総理は「日本経済の再生、日米関係を基軸とした外交の展開、東日本大震災からの復興」 の三点を挙げている。併し、安倍元総理が日本経済の再生を実現したとは到底言えない。
長引く不況の最中、二度に渡る消費税増税を断行したのは安倍政権である。最も大きな声で主張してきた、「徹底した財政出動」が実際は十分に行われなかった事で、より格差を拡大する事になったのは残念でならない。
また、日米関係を基軸とした外交の展開については、安倍政権が長期間続いた事により、日米同盟の強化が実現されたが、一方で、強硬な国会運営で、憲法上疑義のある集団的自衛権行使を可能にした他、日本の周辺諸国との距離も拡大した。
震災復興についても実際は未だ道半ばだ。事故原発の廃炉完了に向けた道筋も見えず、避難指示解除された自治体でも、住民の多くにとって地元での生活再建の展望が描けない状況が続く。
国葬とする事で、これら評価の大きく分かれる政策を「レガシー」(遺産)として正当化する事は許されない。政治家の非業の死と、生前の政治的評価とは分けて論ずるべきである。だからこそ、国葬という形でこれまでの政策的失敗を口に出す事も憚れる空気を作り出し、神格化される様な国葬を行う事自体が可笑しい、と私達は考える。
加えて、今回の事件は霊感商法等で社会問題化した新興宗教と自民党政治との密接な関係から生み出された悲劇とも言える(註;報道現在で“密接な関係”の証拠は無い。印象操作)。政教分離の徹底が必要である事も申し添えておく。
社民党
<安倍元首相の「国葬」に反対する>
- 岸田文雄首相は昨日の記者会見で、参院選遊説中の八日に銃撃を受けて亡くなった安倍晋三元首相の「国葬」を今秋に行なうと表明した。社民党は安倍元首相が不慮の死を遂げられた事にお悔み申し上げるが、以下の理由から「国葬」に反対する
- 「国葬」の基準が曖昧だ。過去に吉田茂元首相の例が一件だけある様だが、安倍氏は二代前の首相で、現職でもなく自民党の議員であった事を考慮すれば「国葬」は妥当ではない
- 岸田首相は「国葬」とする理由について安倍元首相は「卓越したリーダーシップと実行力で、厳しい内外情勢に直面する我が国の為に、首相の重責を担った」等を挙げた。併し、安倍元首相に対する政治的評価は様々である。違憲立法であった安保法制の強行採決で国論を二分し、森友・加計学園問題や桜を見る会の疑惑も未だ解明が為されていないだけでなく、極めて大きな政治不信を招き、アベノミクスに対しても厳しい評価がある中で、社民党は在任中は素(モト)より、首相退任後の言動等に対しても厳しい批判を行なってきた。安倍元首相の評価が大きく分かれる中で国家が国葬として国民に政治的評価を事実上強制する事は行なうべきではない
- 今回の事件の背景は未だ捜査中であり、安倍元首相始め自民党と旧統一教会の関係が取り沙汰される事態となっている。こうした点の解明、検証を抜きに「国葬」を実施すべきではない
撮影:岡本早百合、修飾:FPhime
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