露・プーチンが揺さぶる日本への平和条約と戦後未終結の背景

【政治考察】 平成三十年九月十二日に露・ウラジオストルクにて開催した国際会議『東方経済フォーラム』へ出席したウラジミール・プーチン(壬辰)露統領は、同席の安倍晋三(甲午)首相に自身のアイデアとして年内の平和条約締結を促した。安倍首相は無返答だった。本フォーラム自体は、外国からの投資を露・極東部へ促す事が目的。


日本は北方四島の解決後に平和条約を締結したい。ロシアは締結後に北方四島の話しをしたい。この国境問題は何時から続いているのか。第二次大戦が終結してからだ。当時、ソビエト社会主義共和国連邦(最高指導者:ヨシフ・スターリン)は終結間近で日本に参戦した。その結果、戦勝国として北方領土を占領し、ロシア領土への編入を宣言。戦争を終わらす為のものが平和条約の締結であるが、『サンフランシスコ平和条約』にソ連は調印をしなかった。何故ならば、主に米軍が日本に駐留を続ける内容であった為だ。


敗戦後の日本に関しては米英ソで対処を話し合う予定で、最高政策決定機関「極東委員会」で決めるものとして米国が提案していたが、先に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ、司令官:ダグラス・マッカーサー)をつくり、マッカーサー司令官(庚辰)に当時のハリー・S・トルーマン(甲申)米統領が日本統治に関する権限を過去最大級(略独裁)で与え、米国が独占していた。例えば、現行の日本国憲法がマッカーサー司令官の成果として上げられる。



<スラヴとアングロ・サクソンの闘い>

 事実上、米国に裏切られたソ連は『サンフランシスコ平和条約』に出席したが、調印をしなかった。同じ戦勝国の中華民国(現台湾)及び中華人民共和国は招待すらされなかった。そしてソ連が崩壊し、ロシア連邦が成立。つまり、先の大戦のロシアとの戦後処理は終わっていない。


ロシアとしては、日本占領の独占の件があるので、先の北方領土の確定をしたい。何故ならば、北方領土が一部でも日本に戻った場合に、即、米軍が基地を置ける権利(『日米地位協定』)を有しているからだ。これに関して、沖縄の様に日本の主権は未だ無い。よって今回のプーチン露統領の様な発言が出てくる。但し、これは安倍首相が切り出した話しでもある。


この様にロシアとしては自国の驚異をすぐ傍(北方領土)に置く訳にはいかない。ロシアはスラヴ民族で、蜜月を強調する中国(国家主席:習近平)は漢民族。米英はゲルマン民族系のアングロ・サクソン。主に十八世紀からの大英帝国によるアフリカ進出以降、冷戦を経て今日に至るまでスラヴはアングロ・サクソンと対抗し続けている。スラヴにとって北方領土は我々、大和民族との問題でもあり、同時に対アングロ・サクソンとの問題でもあるのだ。


戦後は未だ終わっていない。


画像引用:日本国政府

記事:金剛正臣

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