改元に向けて日本人が取り戻すべき日本文化や世界への誇り

【社会論説】 平成三十年は日本が近代化を始めた明治に改元されて百五十年目。政府のPR等にもより、明治時代に髷から五大国に登り詰めた当時の日本人が着目され、明治時代の書籍が多数、出版された。


ナポレオン戦争から第一次大戦までの「ウィーン体制下」の五大国は英国、フランス、オーストリア、プロイセン(現・ドイツ)とロシア。「第一次大戦後」は米国、英国、フランス、大日本帝国とイタリア。「第二次大戦後」では日本と中華人民共和国が入れ替わった。


小説家の百田尚樹は十一月に「日本国記」を出し、日本の歴史を俯瞰。発売前に五万部を重版し、全ての書籍で発売前にベストセラーを記録した。報道現在でも八位で、関連書籍の『「日本国紀」の副読本 学校が教えない日本史』が全ての書籍で二位。


来年は平成から新元号に変わる。平成は昭和を反省する時代でもあった。だが反省をし過ぎて、自身達が何者なのかと路頭に迷ってしまった。大東亜戦争は当時の欧米列強からアジアを開放した戦争であり(事実、アジア各国が植民地から独立)、その土地に残った日本兵等が戦後も残って独立後をサポートしていた。


実質米国のGHQとCIE(民間情報教育局)によって、戦争を起した事や日本人そのもの(大戦前の日本の教育)が悪と七年にも亘る占領で擦り込んだ。現在のシニアが自虐的な理由である。彼らは当時、小さかった。その時の教育が尾を引いている。極め付けは東京地検特捜部の前身である「隠匿退蔵物資 事件捜査部」。占領期に米国が創り、日本人の財産を押収していた。現在でも米国の息が掛かり、田中角栄(戊午)や小沢一郎(壬午)等の米国と対等に渡り合おうとする政治家が東京の特捜部に狙われた。


この様に、占領期に日本の二千年以上に及ぶ文化・歴史は否定され、分断されてしまった。それが現在の日本の弱さに繋がっている。自虐的精神になってしまっている。シニアとなり、死を見据える様になってくると、自身が何者なのかを知りたくなる。このまま全国民戦犯のままでは死ねない。その様な想いが先の書籍等で拠り所、日本人としての自信を取り戻したいのであろう。


日本は万世一系の天皇制。皇帝を統める者として大王から「スメラミコト(天皇)」となった。世界で最初に実質的に皇帝となったのは、ガイウス・ユリウス・カエサル(辛巳)。紀元前百八十九年の頃だ。BC、ACのBCの時代だ。現在はAC。日本でも使用している西暦はキリスト歴の事。戦前はキリスト暦を日本は使用していなかった。神武天皇即位の年を元年とする『神武天皇即位紀元(皇記)』を新聞でも使用していた。これもGHQの全検閲によって使用してはならなくなった。


皇帝はカエサルの時代より大きく下り、十九世紀の植民地時代に欧州で皇帝インフレが起きる。そして二十一世紀に残った皇帝は日本の天皇ただ独りとなった。英国の女王はインド独立によって皇帝ではなくなった。だが当時の名残として、豪州やカナダは「英連邦王国」として英国女王を戴く。


日本の天皇は独裁とは程遠く、近代では立憲君主として、現在では象徴天皇として国民をリードする。古くは朝廷、武力の不保持(武士分割)、武士政権の許容、欧米式の憲政等と聖徳太子の『十七条憲法』の第一条にある「和を以て貴しと為す(独断ではなく議論を為す)」及び明治天皇の『五箇条の御誓文』の第一条にある「広ク会議ヲ興シ 万機公論ニ決スベシ」と議論と世論を重視。


よって日本人は最初からの武力(強引、一方的)を善しとせず、話し合いを重んじる文化(意見の尊重)、白黒を簡単に明確にしない文化(曖昧性)を国是の根本としてきた。


戦犯を問うのであれば、日本主要都市への大空襲や二発の原子爆弾も明らかなハーグ条約(国際法)違反で戦犯である。日本人は報復ではなく、「友だち」という共生を選んだ。これも日本式であろう。ただ自虐的、卑屈的な面は次の改元で止めるべきだ。


我々日本人は世界に胸を張れる程に勤勉に努力し、高い秩序をもって貢献している。

日本国民に示す様に今上天皇こそが「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」を実践されてきたのではないだろうか。直ぐに続くお言葉は「今後の未来の為に平和への道を開いていきたい。」であった。日本国民は平和を実現する為の国民である。

(了)

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